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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)201号 判決 1993年12月15日

千葉市高洲3丁目2番3-105号

原告

神〓衡

訴訟代理人弁護士

藤森茂一

同弁理士

今野耕哉

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

指定代理人

富田哲雄

佐藤雄紀

中村友之

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、昭和63年審判第12028号事件について、平成3年6月6日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年3月29日、名称を「コンクリート構造物の凹所用閉塞栓」とする考案(以下「本願考案」という。)にっき、実用新案登録出願をした(昭和58年実用新案登録願第44341号)が、昭和63年4月14日に拒絶査定を受けたので、同年7月7日、これに対し不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を昭和63年審判第12028号事件として審理したうえ、平成3年6月6日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年7月29日、原告に送達された。

2  本願考案の要旨

截頭円錐体の上部中央に有底孔を設けるとともに、前記有底孔と截頭円錐体の周側面に連通するスリットを前記有底孔に対して並行でかつ載頭円錐体の上下に達するように設けたことを特徴とするコンクリート構造物の凹所用閉塞栓。

3  審決の理由

別添審決書写し記載のとおり、審決は、本願の出願前にわが国において頒布された刊行物である実願昭55-172855号(実開昭57-96337号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和57年6月14日特許庁発行、以下「引用例」といい、そこに記載された考案を「引用例考案」という。)の記載を引用し、本願考案は、当業者が引用例考案に基づいてきわめて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法3条2項の規定によって実用新案登録を受けることができないものと判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由のうち、引用例の記載内容の認定、本願考案と引用例考案の一致点及び相違点の各認定はいずれも認める。

しかしながら、審決は、引用例考案の目的ないし技術課題及び引用例考案の奏する作用効果の認定を誤り、本願考案の奏する作用効果との顕著な相違を看過した結果、本願考案の進歩性判断を誤ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  本願考案と引用例考案との相違点は、閉塞栓のスリットが截頭円錐体の上面である径大な表面側に達しているか否かにある。すなわち、本願考案は、スリットが閉塞栓の表面側まで達しているのに対し、引用例考案においては、これが表面側まで達していない。

この相違により、本願考案と引用例考案とでは、以下のとおり顕著な作用効果上の相違が生ずる。

閉塞栓をコンクリート壁面の凹所に挿入する場合、閉塞栓本体に接着剤(セメントとエポキシ樹脂を混合したもの)を付着せしめて挿入する。この凹所の内部形状は、截頭円錐体をなしており、それゆえ閉塞栓もこの凹所内部のそれに合致する形状に形成されている。しかし、閉塞栓の截頭円錐体と凹所のそれの形状は、寸分違わず形成されているわけではなく、截頭円錐体の外周は、凹所の内周よりも1mm程度少なめに形成されている。閉塞栓に接着剤を付着させるには、予めバケツ状容器に用意した接着剤に、閉塞栓の径大側端部(上部)を手で持ち、径小側から閉塞栓の中間位置を目安に接着剤を付着させ、このように接着剤が付着した閉塞栓をそのまま凹所に挿入するのである。

接着剤が付着した閉塞栓が凹所に挿入されると、凹所内に飛び出しているセパレーター端部が有底孔に挿入されるとともに、接着剤もこのセパレーター及び凹所内壁面と閉塞栓の外周面とによって圧縮されつつ外部方向へ移動し、接着剤の一部は凹所の外部や閉塞栓の上面(穴埋めしたコンクリート壁の表面)に溢れ出ることもある。この場合、凹所の内壁はテーパー面を有しているので、接着剤の硬化前に自重により滑落する可能性があるため、作業員は、意識的に閉塞栓を強く押しつけるようにするのが一般である。その結果、接着剤を介在させた状態で、閉塞栓の外周は凹所内面に密着する状態となる。

このように密着すると、引用例考案では閉塞栓(穴埋めコン本体)の径大な端部全周も密着することになるのに対し、本願考案にあっては、端部全周のうち、スリット端部が開口しているから、凹所内壁と密着することがない。そして、本願考案にあっては、スリット内に充填されている接着剤が硬化しない間、閉塞栓の有底孔内に圧縮されている空気を排出することが可能となるのに反し、引用例考案では空気の逃げ道が完全に閉塞されてしまうので、その排出が不可能であり、施工後経時的に逃げ道を失った内部の空気圧により、閉塞栓がコンクリート壁面から飛び出してしまうという問題点を有している。本願考案は、引用例考案の上記のような問題点を解決するために、閉塞栓を挿入する際に、凹所と閉塞栓との間で圧縮された空気を外部に逃がすためのスリットを外部まで連通したから、このような問題は起こらないのである。

したがって、引用例考案においては、飛び出した閉塞栓を再び挿入して外部を上塗りし、又は最初から施工し直す必要があるのに対し、本願考案にあってはこれらの必要性が全く生じない。

以上のとおり、本願考案と引用例考案とは、スリットが截頭円錐体の表面まで達しているか否かの差異によって、顕著な作用効果の違いを生ずる。

2  審決は、「引用例に記載の考案は、このような前記欠点をことごとく解消することを目的・・・とするものである」(審決書6頁19行~7頁2行)、「引用例に記載されたものは、本願考案の効果のほかに、空気の逃げ孔となる開口部を穴埋めコン本体の表面に露出させないようにしたため、・・・この開口部からの雨水などの侵入のおそれは全くないという本願考案の効果にはない他の効果をも奏するものであると認められる。」(同8頁17行~9頁5行)、「引用例に記載されたものは、本願考案と共通の技術的課題を達成し、本願考案と同等の効果を発揮させることを意図したものである上、・・・前記他の効果をも併せ奏するようにしたものであるから、本願考案の技術的思想を充分に先取りしているものであるということができる。」(同9頁6~15行)と各判断し、本願考案を引用例考案の退歩考案として受け止めているが、誤りである。

本願考案は、引用例考案の穴埋めコン本体が経時的に穴埋めしたコンクリート壁面から突出してしまう欠点を改善するため、凹所内の空気の脱抜溝道は、截頭円錐体の表面にまで達するようにしなければならないことを発見した点で進歩性がある。

現に、本願考案と引用例考案との比較実験によれば、引用例考案においては、凹所内の空気がコンクリート壁内に滞留して閉塞栓をコンクリート壁面から押し出しているのに対し、本願考案の閉塞栓では、空気が表面まで貫通しているスリットからモルタルと共に外部に流出してコンクリート壁面と同じ高さに止まっている(甲第10号証の1・2、同第11号証の1~3)。

元来、引用例には、雨水等の進入を防止するためには、閉塞栓の表面には、凹所内に通じる孔を形成することは好ましくない旨の記載があり、凹所内の空気を排出する必要のあることを認めつつも、この点については妥協して、特にコンクリート壁の穴埋め箇所の雨水等の進入防止を図った点に考案の主眼と力点がある。一方、本願考案にあっては、現場作業員の苦心する穴埋め工事施工後の閉塞栓(穴埋めコン本体)の剥離脱落の原因である凹所内の空気の残存を防止することを重要な技術課題とするものであり、本願考案と引用例考案とが発想において根本的な違いがあることは明らかである。

審決は、両考案のこのような根本的な相違を看過し、上記のとおり誤った判断をした違法がある。

第4  被告の主張

審決の認定判断は相当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  引用例の記載(甲第4号証明細書3頁1行~4頁15行)によれば、引用例には、従来の穴埋めコンにおいては、コンクリート壁に挿入すると、穴埋めコン内の孔内の空気が圧縮され、この空気の圧力により穴埋めコンが抜け出てしまうこと、空気の逃げ孔用の型の芯棒を必要とし、穴埋めコンの表面をならすことができなかったこと、施工後に穴埋めコンの逃げ孔のため、表面仕上げをする必要があったこと等の欠点をことごとく解消する穴埋めコンを提供することを目的とする旨が記載されており、雨水等の侵入に対する問題点を除けば、本願明細書に記載された本願考案の技術課題(甲第3号証補正書2頁11行~5頁5行)と実質的な違いはない。

そして、引用例考案の作用効果については、「この考案は、・・・穴埋めコン本体をコンクリート壁体の穴に挿入するとき、穴埋めコン本体の孔内の空気を穴埋めコン本体の表面近くの外側面に形成した開口部を介して外部に逃がすように構成したものであるから、・・・穴埋めコン本体の孔内における空気の圧縮による反力が生ぜず、穴埋めコン本体をコンクリート壁体の穴に簡単にしてかつ確実に挿入することができ、そして穴埋めコン本体の挿入後に抜け出るおそれは全くない。」(甲第4号証明細書7頁9行~8頁19行)と記載されている。

引用例の上記記載からすれば、引用例考案における穴埋めコン本体は、その有底孔と平行に、その底部から穴埋めコン本体外側面の表面近くまで形成したスリットの開口部を通じて外部へ空気抜きの作用を行わせるものである。すなわち、穴埋めコン本体がコンクリート壁の孔内に完全に挿入された状態においては、開口部であるスリットはコンクリート壁体の孔内に隠れてしまうが、穴埋めコン本体内部の空気は、その粘性抵抗は無視できるものであるので、穴埋めコンが完全に挿入された状態となるまでにスリットを通じてモルタルや接着剤などよりも先に押し出されて、完全に穴埋めコン本体内部から排出されるものであり、一方、モルタルや接着剤はその粘性抵抗が大きく、穴埋めコン本体のスリット内部に押し出された後は、穴埋めコン本体とコンクリート壁の孔とによって形成される間隙の外部出口付近に滞留して止まるものであり、穴埋めコン本体やコンクリート壁の表面まで漏れ出るようなことはないので、開口部であるスリットがコンクリート壁の孔内に隠れてしまうものである。したがって、原告が主張するように、引用例考案の穴埋めコン本体が挿入後にコンクリート壁から空気の滞留により経時的に抜け出てしまうというようなことはなく、原告の主張は単なる工事施工上の問題といわなければならない。

審決の認定に誤りはない。

2  同2について

上記1のとおり、引用例考案の効果は、審決が認定したように、空気の逃げ孔となる開口部を穴埋めコン本体の表面に露出させないようにしたため、穴埋めコン本体のコンクリート壁体の穴への挿入後は、該開口部がこの穴の中に隠れてしまうので、この開口部からの雨水などの侵入のおそれは全くないという効果を除けば、本願考案の効果と全く同一である。原告は、原告のした実験結果等をもって、本願考案と引用例考案との作用効果の相違を主張するが、両製品自体の構造及び具体的比較条件が一切明らかにされておらず、乳製品の流れ具合により空気の流れを推定してその効果が確認できる根拠があるわけでもないので、同実験結果は両考案の効果とは直接の関係はない。

上記のとおり、引用例考案においても、穴埋めコン本体をコンクリート壁の穴の中に完全に挿入するまでは、空気の逃げ孔であるスリットが大気に連通して開口されているから本願考案と同様の作用効果を奏するものである。

そもそも、引用例考案が本願考案と同様の空気抜き作用を奏するか否かは、要するに、考案の所期の目的を達成しうるように施工するか否かという実際上の問題であり、穴埋めコン本体の孔部内に塗布するモルタルや接着剤などの分量は、穴埋めコン本体が挿入された際、空気が排出されるのに十分な程度の分量が塗布されるのみで、空気の逃げ孔となるスリットからモルタルや接着剤がはみ出す程度の塗布は予定していないし、施工業者は、穴埋めコン本体が後に突出する事のないよう、十分に強くコンクリート壁内の穴に挿入するのである。逆に、施工方法の如何によっては、本願考案のものにあっても、実質的にスリットが閉塞されて空気が閉じ込められるという問題が起こりうる。

上記のとおり、引用例には、本願考案にない作用効果も先取りしているものであるうえ、引用例に記載された考案の創作の過程において既に引用例に実質的に教示された技術思想であり、本願考案が引用例に基づいて当業者が容易に創作できたものであることは明らかであり、この旨の判断をした審決に何らの違法はない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。)。

第6  当裁判所の判断

1  本願考案と引用例考案とが、ともにコンクリート構造物の凹所用閉塞栓に係るものであり、両考案の唯一の相違点が、空気の逃げ孔用のスリットが截頭円錐体の表面にまで達している(本願考案)か、表面近くまで形成されているものの、表面には達していない(引用例考案)かの点にあることは、当事者間に争いがなく、甲第2、第3号証によれば、本願明細書には、本願考案の目的・作用効果について、以下の記載があることが認められる。

「この考案はコンクリート型枠保持具(コーン)を抜き取ることによって生じたコンクリート構造物の凹所内から完全に空気を排出し、確実かつ密着性を大にして閉塞できるようにしたコンクリート構造物の凹所用閉塞栓に関するものである。」(甲第3号証補正書1頁本文6~10行)

「例えば実開昭57-96337号公報の、特に第3図乃至第6図に示されているような凹所用閉塞栓も開発されているが、これによれば、空気抜きの目的でスリット又は連通孔が凹所用閉塞栓の中央に形成した有底孔に連通してはいるものの、凹所用閉塞栓の表面側には達していない。すなわち凹所用閉塞栓の側面まで形成されている。するとこのものにあっては、この凹所用閉塞栓を凹所に挿入したとき凹所内の空気が完全に抜け出ず、これを無理に挿入して一旦はコンクリート構造物の外壁面と面一の状態になるように完全に挿入したとしても、凹所内の空気圧によって経時的に飛出してしまうという問題を有していたのであった。」(同5頁6~19行)

「そこでこの考案にかかるコンクリート構造物の凹所用閉塞栓は前記の問題点を解決するために、截頭円錐体の上部中央に有底孔を設けるとともに、前記有底孔と截頭円錐体の周側面に連通するスリットを前記有底孔に対して並行でかつ截頭円錐体の上下に達するように設けて、表面を面一に成型するとともに、空気の排出を完全に行い、もって抜出しを防止するようにしたものである。」(同6頁1~9行)

以上の記載によれば、本願考案は、引用例を先行技術として、閉塞栓が時間の経過とともに凹所内に残存する空気圧により壁面から飛び出してしまうという欠点を解消すべく、壁面の凹所内の空気を完全に排出し、凹所と閉塞栓の確実かつ密着な閉塞ができるようにしたことを特徴とするものと認められる。

2  一方、甲第4号証によれば、引用例には、従来技術の欠点とこれを改良した引用例考案の目的、作用効果等につき、以下の記載があることが認められる。

「外形寸法を木コンとほぼ同じくし、挿入面の中心部にコンクリート壁体bから突出しているボルトa、すなわちセパレーター端部を挿入する孔eを形成したもの・・・においては、その先端および周囲に接着剤fを塗布してコンクリート壁体bの穴cに挿入するものであるから、穴埋めコンdの孔eは密閉された状態となうて孔e内の空気が圧縮され、この孔e内における空気の圧縮の反力により穴埋めコンdが抜け出てしまう欠点があった。

この穴埋めコンdが抜け出てしまうという欠点を解消するものとして・・・提案されている・・・穴埋めコンdの孔cの底gから穴埋めコンdの表面hに連通する空気の逃げ孔iを設けたもの・・・においては、逃げ孔iからの孔cへの雨水などの侵入を防止するためや外観を良くするために、逃げ孔iをモルタルなどで埋める必要があり、作業が非常に煩雑となるとともに、穴埋めコンd本体のモルタルの乾燥度と逃げ孔iへ埋込むモルタルなどの乾燥度との差異により、逃げ孔iに埋込んだモルタルなどの乾燥後に穴埋めコンdの本体と剥離して雨水などが侵入したり、また逃げ孔iに埋込んだモルタルなどが抜け出たりする欠点があった。また、穴埋めコンdを製作する場合、逃げ孔iのために型に芯棒を必要とし、そのため穴埋めコンdの表面hをならすことができず、成形された穴埋めコンdの表面hには凹凸の発生が余儀なくされ、表面hがきたなくかつ体裁の悪いものであった。これは穴埋めコンを使用してコンクリート壁体などの表面を簡単な作業で体裁よく仕上げるという目的であるにもかかわらず、穴埋めコンの表面の逃げ孔のために再び表面仕上げをしなければならないという点において致命的な欠点であった。」(同号証明細書2頁14行~4頁13行)

「そこで、この考案は、前記欠点をことごとく解消する穴埋めコンを提供することを目的とするもので、その要旨とするところは、穴埋めコンの挿入面の中心部に適宜深さに形成した孔と連通する開口部を該穴埋めコン本体の表面近くの外側面に形成したところにある。」(同4頁14~19行)

「以上のように、この考案は、穴埋めコン本体の挿入面の中心部に適宜深さに形成した孔と連通する開口部を該穴埋めコン本体の表面近くの外側面に形成したコンクリート壁体などの穴埋めコンであり、穴埋めコン本体をコンクリート壁体の穴に挿入するとき、穴埋めコン本体の孔内の空気を穴埋めコン本体の表面近くの外側面に形成した開口部を介して外部に逃がすように構成したものであるから、穴埋めコン本体のコンクリート壁体の穴への挿入時において、穴埋めコン本体の孔内の空気は外側面に形成した開口部から穴埋めコン本体の外に逃げ、孔内に空気が滞留しないので、穴埋めコン本体の孔内における空気の圧縮による反力が生ぜず、穴埋めコン本体をコンクリート壁体の穴に簡単にしてかっ確実に挿入することができ、そして穴埋めコン本体の挿入後に抜け出るおそれは全くない。また、空気の逃げ孔となる開口部を穴埋めコン本体の外側面に形成し、穴埋めコン本体の表面に露出させないようにしたから、穴埋めコン本体の成形時にその表面を均すことができ、表面をきれいに仕上げることができる。このため従来の穴埋めコンのごとき穴埋めコン本体の挿入後の上塗り作業あるいは再度の表面仕上作業も全く不要となり、作業能率が著しく向上する。また、穴埋めコン本体の表面近くの外側面に形成した開口部は、穴埋めコン本体のコンクリート壁体の穴に挿入後はこの穴の中にかくれてしまうので、この開口部からの雨水などの侵入というおそれは全くないなど、コンクリート壁体などの穴埋めコンとして頗る便利であるとともに構成が簡単なので製造が容易であるといった効果がある。」(同7頁6行~8頁19行)

以上の記載によれば、引用例考案は、凹所内の空気の逃げ道のない場合には、空気の圧縮による反力によって、穴埋めコンが抜け出してしまうという欠点を解消するために考案された空気の逃げ孔が穴埋めコン本体の表面にまで達している考案を先行技術として、このような構成の穴埋めコンが有する欠点である雨水などの侵入防止のためのモルタル作業の煩雑性等を解消するために、穴埋めコンの挿入面の中心部に適宜深さに形成した孔と連通する開口部を穴埋めコン本体の表面近くの外側面に形成し、この空気の逃げ孔用の開口部が表面に達しないように止めるという構成を採用したものであると認められ、凹所内の空気の排出により穴埋めコン本体の飛び出し防止を図るという先行技術の技術思想を保持しつつ、先行技術の有する上記問題点をも解消することを目的とした考案であると認められる。

3  原告は、凹所内に空気を残存させないという効果について、本願考案によれば、完全な空気抜きが可能であるのに対し、引用例考案の空気抜き作用は不完全であって、本願明細書にあるとおり、引用例考案においては経時的に凹所内に残存した空気によって、穴埋めコン本体が壁面等から飛び出してしまうという事態を解消できないから、両考案の作用効果には顕著な相違があり、引用例考案の欠点を解消した点で本願考案には進歩性が認められるべきであると主張する。

本願明細書(甲第2、第3号証)の「コンクリート表面には内部にセパレーター4の先端螺子部9が突出する凹所10ができる。そこで、この考案にかかるコンクリート構造物の凹所用閉塞栓はこの凹所10に嵌合接着せしめるものであり、まず、有底孔2内部にセメントペーストないしは接着剤11を充填して、これを凹所10内に押し込むようにして嵌入せしめる。すると、セパレーター4の突端部によって有底孔2内のセメントペースト等11が押し出されて凹所10内に充填してコンクリート層Aと一体的に接着嵌合されるとともに、スリット3内へもセメントペースト等11が押し出されてコンクリート層Aの外部に漏出するので、有底孔2内へ流入する空気の逃げ道となって凹所10内に截頭円錐体1が強固に接着される。」(甲第3号証補正書7頁10行~8頁5行)との記載と甲第2号証によって認められる本願考案の一実施例を説明する図面(同号証図面第1図ないし第4図)とによれば、本願考案の閉塞栓においては、空気の逃げ道用のスリットが截頭円錐体の表面にまで達していることにより、凹所内に閉塞栓を十分に挿入した場合、セパレーターの突端部によって有底孔内から押し出されたセメントペースト等が凹所内の大部分の空気をスリット3を通じて外部に押し出し、条件によっては完全な空気抜きが理論上可能であると認められる。

一方、引用例考案は、空気の逃げ道用のスリットが截頭円錐体の表面に達していないことから、「挿入に伴なって孔3内の空気はスリット(開口部)6を通じて順次外部に逃げ、孔3内に空気が滞留して圧縮されることはない。したがって、孔3内における空気の圧縮による反力が生ずることは全くないものであるから、・・・穴埋めコン本体1が挿入後に抜け出るおそれも全くない。」(甲第4号証明細書5頁19行~6頁6行)と記載されているとはいえ、孔3(有底孔)内の空気は、スリット6が凹所内壁面に密着するまでの間(スリットが外部に開口・連通している間)は、本願考案と同様に内部の空気を外部に逃がすことができる反面、穴埋めコン本体が凹所内壁に密着して開口部が塞がれた後は、空気の逃げ道がなくなるため、その際に凹所内に滞留している空気が残存してしまうものと認められる。

そうすると、凹所内の空気の排出可能性の程度という点で、本願考案と引用例考案との間には作用効果の相違があるといわざるをえず、審決が、この点を考慮せずに、引用例考案が本願考案と同じ作用効果を達成しつつ、さらに、本願考案の効果にはない他の効果をも奏するものであると認定したことは誤りであるといわなければならない。

4  しかしながら、引用例の前示記載に従来技術として挙げられている截頭円錐体の有底孔の底から截頭円錐体の表面に連通する空気の逃げ孔を設けた閉塞栓にあっては、空気の逃げ道が截頭円錐体の表面に達するように設けられていたため、空気を残存させずに排出することができるものであることは、本願明細書にも記載されているとおりであり(甲第3号証補正書3頁12行~4頁7行)、この先行例がある以上、引用例に示された截頭円錐体の挿入面から表面近くまで形成されたスリットを、空気を残存させずに排出することができるように、截頭円錐体の表面にまで達するものとすることは、当業者であればきわめて容易に想到できたものと認められる。

もっとも、本願明細書(甲第2、第3号証)によれば、本願考案の実施例には、スリットが截頭円錐体の径大な表面側に開口する部位が表面の端部であるものが示されているのに対し、上記先行例にあっては、空気の逃げ孔の開口部が表面の中心部である(甲第2号証図面第5図、同第4号証図面第2図)との差異が認められるが、本願考案の要旨には、スリットが截頭円錐体の径大な表面側に開口する部位についての特段の規定はないことが明らかであるから、この差異をもって、引用例考案に先行例を適用して、本願考案の構成に至ることの困難性をいうこともできない。

そして、凹所内の空気の排出可能性の程度において、本願考案が引用例考案に勝る作用効果を奏するとしても、その作用効果が引用例考案と先行例とを組み合わせた構成から予想される程度を越えるものとは、甲第7、第8号証の各1ないし4、第9号証の1ないし9、第10号証の1ないし4、第11号証の1ないし3、第12号証の1・2、第19号証その他本件全証拠をもってしても認めることはできず、結局、本願考案は、引用例の記載からきわめて容易に想到することができたものといわなければならない。

したがって、これと同旨の審決は、結論において相当として是認すべきものである。

5  以上のとおり、原告の取消事由の主張は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵も見当たらない。

よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 木本洋子)

昭和63年審判第12028号

審決

千葉県千葉市高洲3-2-3-105

請求人 神〓衡

東京都港区新橋1丁目15番4号 堤第一ピル4階 今野特許事務所

代理人弁理士 今野耕哉

昭和58年実用新案登録願第 44341号「コンクリート構造物の凹所用閉塞栓」拒絶査定に対する審判事件(昭和59年10月9目出願公開、実開昭59-150832)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1.本願は、昭和58年3月29日の名称を「コンクリート構造物の凹所用閉塞栓」とする実用新案登録出願であって、その考案の要旨は、昭和62年12月7日付の手続補正書によって補正された明細書及び図面の記載からみて、実用新案登録請求の範囲に記載された次のとおりのものと認められる。

「截頭円錐体の上部中央に有底孔を設けるとともに、前記有底孔と截頭円錐体の周側面に連通するスリットを前記有底孔に対して並行でかつ截頭円錐体の上下に達するように設けたことを特徴とするコンクリート構造物の凹所用閉塞栓。」

2.一方、原査定の拒絶の理由に引用された本出願前に国内で頒布されたことが明らかな実願昭55-172855号(実開昭57-96337号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和57年6月14日特許庁発行。以下、引用例という)には、次の事項について記載されていることが認められる。

「穴埋めコン本体の挿入面の中心部に適宜深さに形成した孔と連通する開口部を該穴埋めコン本体の表面近くの外側面に形成したコンクリート壁体などの穴埋めコン」(引用例の実用新案登録請求の範囲第3行ないし第6行)が記載されており、かつ図面の第3図ないし第4図には、「前記穴埋めコン本体を截頭円錐体とする」こと及び「前記開口部を前記孔に対して穴埋めコン本体の外側面と連通するスリットとなるように並行に、かつ、穴埋めコン本体の挿入面から表面近くまで形成する」ことが記載されている。

3.次に、本願考案と引用例に記載されたものとを比較して検討すると、引用例に記載の「穴埋めコン本体」は、本願考案の「截頭円錐体」に相当し、同じく「挿入面の中心部」は「上部中央」に、「適宜深さに形成した孔」は「有底孔」に、「開口部」は「スリット」に、「外側面」は「周側面」に、「コンクリート壁体」は「コンクリート構造物」に、また「穴埋めコン」は「凹所用閉塞栓」にいずれも相当することが明らかであるから、両者は、「截頭円錐体の上部中央に有底孔を設けるとともに、前記有底孔と截頭円錐体の周側面に連通するスリットを前記有底孔に対して並行であるように設けたことを特徴とするコンクリート構造物の凹所用閉塞栓」である点で一致し、次の点で相違する。

スリットを、本願考案においては、「截頭円錐体の上下に達する」ように設けたのに対し、引用例に記載されたものは、「截頭円錐体の挿入面から表面近くまで」形成した点。

上記相違点において、本願考案のスリットを「截頭円錐体の上下に達する」ように設けたという技術的意味は、「截頭円錐体1の径大な表面側に達する」(前記補正書の第6頁末行)ように設けることであると認められ、引用例に記載の「截頭円錐体の挿入面から表面近くまで」形成したというのは、「スリット6を孔3より深く、すなわち穴埋めコン本体(截頭円錐体)1の表面7近くまで」(引用例の第5頁第9行ないし第10行)形成するということであると認められるから、結局、両者の前記相違点は、前記スリットが截頭円錐体の表面にまで達しているか、否かにあるというに帰する。

ところで、両者の目的及び効果についてみてみると、先ず本願考案の目的は、「コンクリート型枠保持具(コーン)を抜き取ることによって生じたコンクリート構造物の凹所内から完全に空気を排出し、確実かつ密着性を大にして閉塞でき」(前記補正書の第1頁第7行ないし第10行)、「施工後にセメントペースト等が(従来の閉塞栓の)透孔からはみ出ててきて、きわめて体裁が悪いため、この部分を施工後に削りとらねばならないという作業上の欠点」(同第4頁第9行ないし第12行)のほか、「栓として使用した場合に表面となる側…を(施工後)削り平らにしなければならないという作業を強いられていた。また、成型して脱型するときに(型に固定した)軸が折れ曲がったり、損傷したりするという欠点」(同第4頁末行ないし第5頁第4行)を解決することをその目的とするものであるが、引用例に記載されたものにおいても、引用例の第1頁第15行ないし第4頁第13行の記載によれば、コンクリート壁体などを形成する場合、従来はコンクリートが固化した後、コンクリート壁体の木コンにより形成された穴内に穴埋めコンを挿入するものがあったが、従来のものでは穴埋めコンの孔内の空気が圧縮され、この反力により穴埋めコンが抜け出てしまう欠点があり、この欠点を解消するものとして空気の逃げ孔を設けた穴埋めコンが提案されているが、このような穴埋めコンにおいても、雨水などの侵入を防止するためや外観を良くするために、逃げ孔をモルタルなどで埋める必要があり、作業が非常に煩雑とたる欠点があったほか、穴埋めコンを製作する場合、型に芯棒を必要とし、そのため成型された穴埋めコンの表面には凹凸の発生が余儀なくされ、表面がきたなくかつ体裁の悪いものであるため、施工後に再び表面仕上げをしなければならないという欠点があった旨の記載が認められ、引用例に記載の考案は、このような前記欠点をことごとく解消することを目的(引用例の第4頁第14行ないし第15行)とするものであるから、両者は共に共通の技術的課題を達成するための考案であると認められる。また、両者の効果についてみると、本願考案は、「簡単な構造と簡便な作業でコンクリート表面の凹所を密着性を大にして確実に閉塞し、もって接着性、防水性もきわめて大になるのみならず、凹所内の空気を完全に排出することができ、経時的に截頭円錐体の飛出を防止することができるとともに、施工後に截頭円錐体の表面に漏出するセメントペースト等の後処理を最小限にすることができ、かつ截頭円錐体の表面になる側を平滑に仕上げることができ、さらに成型時に型を損傷しないなどの効果」(前記補正書の第9頁第1行ないし第10行)を奏するものであるが、引用例に記載されたものにおいても、「穴埋めコン本体の孔内の空気は外側面に形成した開口部から穴埋めコン本体外に逃げ、孔内に空気が滞留しないので、穴埋めコン本体の孔内における空気の圧縮による反力が生ぜず、穴埋めコン本体をコンクリート壁体の穴に簡単にしてかつ確実に挿入することができ、そして穴埋めコン本体の挿入後に抜け出るおそれは全くない。また、空気の逃げ孔となる開口部を穴埋めコン本体の外側面に形成し、穴埋めコン本体の表面に露出させないようにしたから、穴埋めコン本体の成型時にその表面を均すことができ、表面をきれいに仕上げることができる。このため従来の穴埋めコンのごとき穴埋めコン本体の挿入後の上塗り作業あるいは再度の表面仕上作業も全く不要となり、作業能率が著しく向上する。また、…開口部は、穴埋めコン本体のコンクリート壁体の穴に挿入後はこの穴の中にかくれてしまうので、この開口部からの雨水などの侵入のおそれは全くないなど、コンクリート壁体などの穴埋めコンとして…構成が簡単なので製造が容易であるといった効果」(引用例の第7頁第18行ないし第8頁第19行)を奏するものであるから、引用例に記載されたものは、本願考案の効果のほかに、空気の逃げ孔となる開口部を穴埋めコン本体の表面に露出させないようにしたため、穴埋めコン本体のコンクリート壁体の穴への挿入後は、該開口部がこの穴の中にかくれてしまうので、この開口部からの雨水などの侵入のおそれは全くないという本願考案の効果にはない他の効果をも奏するものであると認められる。

したがって、引用例に記載されたものは、本願考案と共通の技術的課題を達成し、本願考案と同等の効果を発揮させることを意図したものである上、スリットを設ける場合に、截頭円錐体の表面近くにまでは達するようにするものの、その表面には達しないようにする旨の前記相違点の構成を採用することによって、前記他の効果をも併せ奏するようにしたものであるから、本願考案の技術的思想を充分に先取りしているものであるということができる。

それゆえ、引用例に記載されたものにおいて、前記のような他の効果を付加する必要がない場合に、前記スリットを截頭円錐体の表面には達しないようにすることを止めて、本願考案のような構成を採るように変更することは、当業者が設計上必要に応じてきわめて容易になし得ることである。

4.以上のとおり、本願考案は、本願出願前に本願考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が引用例に記載された考案に基いてきわめて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法第3条第2項の規定によって実用新案登録を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年6月6日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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